戦争をロクに知らない目線で見た映画『この世界の片隅に』の感想

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11/12に公開された『この世界の片隅に』を観てきました。

「ぴあ」の”映画初日満足度ランキング”で第一位を獲得。公開館数63館と少ないスタートながら、興行収入も10位にランクインするなど、勢いはまだこれからな感じがする。

今年大ヒットした”アレ”と比較する評論家などレビュアーは多いが、方向性が違う物を比較するのもナンセンスだと思う。

感想を短めにいうと、「原作を知っても知らなくても、これに文句をつける人はいるのだろうかってくらい完璧」でした。

ということで、「昭和は知っているけど、戦争は知らない」が見た、終戦前後を題材とした映画の感想をこさえます。

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北條すずさんのドキュメンタリー

11月12日(土)全国公開 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

物語としては特に難しく考えることもない。

たまたま広島市に住んでいたすずさんが、偶然出会っていた周作さんに見初められ呉へと嫁ぎ、そこで生きていこうとする。──それがたまたま戦時下だった、という内容。

絵が好きで上手いだけで、家事はそれなりだけど基本的にドジでこまい少女のすずさん。特殊能力なんて持つわけがなく、戦争に加わっているわけでもない。

誰もが懸命に生きた時代の断片でも、娯楽と挫折は現代と等しく見える。そこに優劣が必要なわけでもなく、生きていく過程で感じる不条理さの観念が違うだけ

戦争をテーマと思い込むと視点がブレる

テーマは見る人次第、どんな目線で見るかで変化するでしょう。『反戦』とか『自由』とかを浮かべたのなら、そこへ目を向ける人は私とちょっと違う視点で見ていると感じる。

私は「そこで生きていくこととは──?」、そう捉えました。

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戦争をしている国を恨むわけでもなく、”ある出来事”で自分の居場所を見失い、己を攻め続けるようになったすずさん。

彼女自身が世界の片隅に存在を見出す過程で、1人の少女が生き抜く様を現代の私達が見て、何を想うかは人それぞれに答えがあるかと思います。

題材は重いけど泣く暇がないアニメーション映画

現実の戦争を題材にした映画は数多い。その中でも戦争映画の金字塔といったら『火垂るの墓』だろう。他にも『日本のいちばん長い日』や『硫黄島からの手紙』など、名作や傑作は多い。

『この世界の片隅に』もジャンル的にはそれに当たるのだが、これほど”笑い”が溢れる作品も記憶にない。

史実を描く以上、誰もが日本史で学ぶ”結末”を知っているわけで、そこに悲しみはあれど笑う要素は一切ない。

「終戦間際……広島……呉……。あっ(察し)」

この作品があったかく終わるのは、すずさんの人柄によるものだろう。

深みに落ちていく前に、ドジやら何やらで必ず笑いが起きる。周囲の観客も「ふふっ」と笑うことが多く、「もしかして、みんな泣きながら笑ってるんじゃないか?」と思えてくる。

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悲しみとしては、このシーンがピークなんだけど……。しばらくするとまた笑いがこみ上げてくる。

見出しの通りに、「泣ける話のはずなんだけど泣く暇がない」。生きる理由を見失い、光が鈍り始めた時。誰かが助けようとしてくれるために必要なのは、輝く笑顔なんだなぁって。

行き交う人全員が死人のような顔をしていれば、そりゃあこっちも滅入りますよね。

原作厨が文句をいえなくなるような完成度

先に出したワンシーンは、原作の1コマと同じ構図です。基本的に原作そのままで、漫画のコマをアニメーションで補った形が映画ともいえる。

改変といえば遊郭の人々との交流が少しカットされているくらい。前半は「まるで漫画が動いているみたいやぁ…(幼)」と思っていました。

が、中盤以降──。

朝の連ドラみたいな日常から、呉への空襲が頻繁化し「ここは戦時中なんだ」と頬を叩かれる。そしてアニメーションとして、映像と音で魅せる作品……ある意味”記録映画”へと移り変わっていく。

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B29の飛行機雲や、対空砲火のシーンは印象的でした。艦これをやっている人にとっては、見知った名前の艦船を見れたりと、軍事フリークも納得の出来──らしい。

爆撃のシーンも、ああいう風にアニメーションで描いた作品もそうないんじゃないかと。

音響さんもいい仕事をしすぎていて、弾が石を削る音でビクッとします。

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こうの史代先生が描くカラーは淡いようで色彩が眩しく、どこか素朴さを感じて好きなのです。

アニメーションでは、人物は無難なアニメ塗りですが、背景や戦争の道具はどことなくこのタッチが再現されている。

すずさんの記憶にある情景として、彼女が絵に描いたかもしれない風景……と考えると、また違う味がある。

アレが投下されるシーンは驚くほど一瞬

原爆が落とされたのはすずさんの実家がある広島。何気な──くはない日常から、物語も誰もが知る終わりへと向かっていく。

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ピカドン』とも表現された原子爆弾は、本作品でもそう表現されている。”瞬きをそこですると見逃す”くらい一瞬の光、それから地震のような揺れと衝撃波が襲ってくる。

爆心地から呉へは、直線距離でおよそ25kmほど。

それでもあれだけの衝撃が襲ってきて、キノコ雲も見えるのだから、その破壊力は恐ろしい物がある。

今となっては、それを実際に体験し目に焼き付けた人も少ない。

リアルを描くには取材が必要で、これからの戦争映像作品にとってそれが失われることで、結果的に風化につながっていくのではないかともいわれている。

こういう映像がどんな形であれ、残ることは「愚かな行為であった」とする証拠になって、日本の基軸となる”平和”について論じる機会になっていくと思う。

私達の記憶の片隅には、常に戦争でのことが残っている。

経験してもしていなくとも、実際に体験したかのように埋め込まれる情報は、体験した人が二度と繰り返さぬよう警告するための情報だろう。

現職の米国大統領がはじめて広島へ訪れたのも記憶に新しいが、未来で変化することはあっても、過去はそのまま記録として残っている……。

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しかしなんともまぁ、この映画の明るさには救われる。

史実に残る凄惨な戦いの後でも、数シーン挟めばみんな笑顔である。

世界に居場所がなくなったように思い生気を失ったすずさんも、笑顔になれる優しい世界が、実際にもあったのかもしれないし、それがなければ戦後復興もままならず、未だに引きずっていたと思う。

死ぬ前に遂げたかった恋愛、という視点もある

夫となる周作は、小学生の時に広島ですずさんに出会っていた。

また幼馴染である水原哲は、すずさんに好意を持ちながらも一歩踏み込めずにいた。

どちらも軍人として死地へ赴く覚悟をしてながらも、好きだった相手と最後を迎える前に出会っておきたいという気持ちが伝わってくる。

気になった少女を離れた土地で探して結婚を申し込んだ周作と、死ぬ間際に好きな子と添い遂げたかった哲。

すずさんは哲のことが好きだったと、夜に哲と2人だけで会話するシーンで描かれている。

漫画ではわかりやすいですが、映画だとサックリ進むので、恋愛視点は漫画のほうが追いやすい。

最後に呉軍港で着底している青葉を見て”まとも”であったすずさんは、哲との約束を守っていようとも思っていたんだなって。

英霊としてではなく1人の男性として記憶に残る哲と、未来を共に歩んでいく周作。

もし哲を選んでいたら、未来にすずさんの居場所はあったのだろうか……なんてことも考えてしまう。

ちょいちょい重い話を差し込んできても、どこかで笑えるのだから、この作品の力はすごいなって思います。

重苦しい呪縛ではなく、温かい記憶として残るような、そう伝えてくれる作品ですね。

ただ一つだけ気に入らなかったところ

映画全体としては文句のない完成度。泣いたり笑ったり、表情筋がかなりヒクつく構成で、「何度も見たくなるエンタメ」よりか「定期的に見て何かを奮い立たせる」作品と思える。

戦争を描いたのに、何故かあったかい余韻をお土産に持たせてくれる。予想以上に良い映画でした。

──でも、ただ1つだけ違和感を感じたところがある。

劇中最初のシーンは、すずさんが小学生(9歳)の頃なのですが、声が大人やん? 18歳バージョンのままやん? 嫁いでも子供の頃から変わらない少女からのまま──を表現するにしても、せめてちょっと高くするとかしてほしかった。

主演声優も十分若いが、妹のすみ(1歳違い)の幼少期も演じた潘めぐみと比べると、正直ここだけはさすがに◯バア声だと感じた。

本編以外で話題になっていることに攻め込む

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本年度のアニメ長編映画は豊富で、『君の名は。』『聲の形』そして『この世界の片隅に』と──。動員数と売上だけを見れば”一強”ですが、作品賞として選ぶと結構割れると思う。

どれも毛色が違うので、比べるのも何か違う気はする。

監督がゼロから全てを作り上げた点で評価できるのもあるし、原作をアニメーションに落とし込んだクオリティで評価できるのもある。

他の二作は「時間が空いたら見てもいいな」と思える作品。『この世界の片隅に』は、「ある程度忘れてから見たくなる」ような作品、と思った。

題材が重いし、何かと想起されるため、見るための段階というか覚悟が必要にも感じる。

ある程度落ち込んでいる時に見ると、独特の空気で癒されるんじゃないか? って感じはするなぁ。

アニメ業界を救う一手、クラウドファンディングでの資金調達

映画の紹介文で好きな一文があります。

「この映画が見たい」の声が生んだ、100年先に伝えたい珠玉のアニメーション

クラウドファンディングによる資金調達も話題となった当作ですが、投資した3,374名の名前がエンドロールで流れました。個人から企業など団体名も実に様々で、多くの方が期待して生まれた作品だと実感します。

顔文字なんかもあって、ほっこり。スタッフ自体少ないと思ったが……そのスタッフロールより倍以上長ぇ。

ユーザーがアニメ制作に携わる、今風のカタチかと思います。

低賃金とブラックが何かと話題なアニメ業界。スポンサーの資本も縮小し、映像メディア媒体の力も家庭の一室からPC・スマートフォンへと、ウェブに移行している。

「長編アニメの制作費をネットで募る」では初となった『この世界の片隅に』ですが、最近ではグッズや二期・短編など制作費を投資で募るのも浸透しているよう。

誰もがスポンサーになれるし、優待も受けることができる。アニメ文化を支える方向性も、現代に合わせて変化していっていると実感する。

何かと話題な主演声優とメディア圧力論

能年玲奈が”のん”と名前を変え、復帰作として話題になった今作。先の一件以外、18歳以降のすずさんとしては完璧だった。

終始”ぽわぽわ”しているけど、周作との口喧嘩や、落ち込む声色、号泣するシーンなど、感情を表すシーンでは等身大の少女を演じていた。

事務所独立騒動でこじらせ休業に追い込まれ、名義変更にてカムバックしたのだが、取材で取り上げられることも少なく、「もしかして圧力がかけられているのではないか?」ともウワサされることになった。

──事実上はそんなこともなく、ただ作品の知名度自体が低かっただけともいえる。

「この世界の片隅に」 全国各地の映画館で満席が続出 – ライブドアニュース

現に公開後はメディア露出も高まり、評価はうなぎのぼり

ユーザーレビューも軒並み高評価と、それだけで見れば”100年先も語り継がれるアニメーション”もフロックじゃないなと。

広島国際映画祭2016「ヒロシマ平和映画賞」受賞作品決定! | 広島国際映画祭 | HIFF

広島国際映画祭の平和映画賞は、新設だし特別上映なこともあって、”取ってつけた感”で話題にはならなかった。

世間の評価としては高いのは間違いないが、今まで生まれてきたアニメ映画はジブリと比べられ、今後数年はアレと比べられるハメになる。

あと1年早く公開されていたら、世間は逆にこちらと比べていたと思う。

原作漫画は上中下巻と、前後編の厚い版もあります。映画の効果もあって爆売れ中ですね。

映画はこれにほぼ忠実だし、漫画でしか追いにくいシーンもあるので、どちらから入っても楽しめます。(私は原作組)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)
こうの 史代
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公開劇場数も増えていくようなので、来年まで話題になっていく映画でしょう。

戦時中に生きた人々を違う視点で見れる稀有な作品なので、終戦記念日で定期的に放映されるくらいに、国民的な作品として育ってほしいですね。

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